2010年6月29日火曜日

フリーエネルギーと人類の未来

フリーエネルギーとは、一般に熱力学の法則を無視した永久機関なようなものと捉えられているが、ほとんどのものは低レベルのインチキであると考えて間違いない。
例えば、水を水素と酸素に分解して水素から燃料電池で電気を取り出し、出てくるのがまた水でいくらでもエネルギーを取り出せるとか、磁石を組み合わせると永久機関が作れるとか、基本的に熱力学の第2法則を超えるものが出来たと言われれば、それは99.999%嘘であると考える。

100%としないのは熱力学第2法則自体があくまで経験則であるからであり、また人類は宇宙のすべてを理解しているわけではないからである。しかし、現在この地球上で人類がアクセス出来る技術体系内・・・つまり工学的な意味においては熱力学第2法則は確立された理論であると考えて良いだろう。

話は本題に戻るが、フリーエネルギーとは何だろうか?NETで調べると概ね永久機関と等しい意味で使われているが、当ブログではこのように定義したい。
  1. 必要な時に自由に使えるエネルギー。
  2. 十分な量をいくらでも使えるエネルギー。
  3. 利用コストが実質的に無視できる。

このように考えると、原子力エネルギーはかなり近いが、2.量的にいくらでも使えるという部分がかなり怪しい上、3.の利用コストは極めて高い。地熱利用などは3.の項目さえクリアできれば、将来フリーエネルギーとして使える可能性があるかもしれない。しかし、もっとも現実的なのは一見同意できなさそうだが、太陽エネルギーだろう。地球を閉じた系と考えると熱力学第2法則から言っていずれ濃縮されたエネルギーや資源は底をつき、劣化してゆくが、地球は宇宙から見れば閉じた系ではなく、別の天体から放射されるエネルギー・・・身近な例では太陽エネルギーを利用することが出来る。太陽が持っているエネルギーは明らかに有限だが、人類が使う分には無限と言ってよいだろう。

しかし、3.の利用コストはさておき、1.の「必要な時に自由に使えるエネルギー」の要件を満たしていないと誰しもが思うだろう。そこで2次電池が・・というとあまりにありきたりな議論になってしまうので、あえて別の角度から実現性を考えてみると、地球の表と裏で太陽光発電し、直流送電などのロスの少ない送電方法で送電網を結んでしまえば1.の要件をクリアできそうである。しかし技術的に出来たとしても、地球の表と裏ではどうしても2つの国をまたぐ形になってしまい、国家間の利害が絡み実現性は難しそうである。

また、衛星軌道上や月面で発電して何らかの無線送電で地球に送るという方法が考えられる。経済危機のさなか、各国が月面開発などを宇宙開発を計画しているのは宇宙のロマンを追求するのではなく、超長期的なエネルギー戦略が裏にはあると考えられる。しかしこちらは簡単に兵器として転用できそうであるため、国家間の安全保障の観点から前に進めるのは困難が予想される。

さらにもう一つ大きな問題がある。現時点で最も問題なのがビジネスとしての成立性である。フリーエネルギーなるものの宿命として、自由にいくらでもとなると必然的にエネルギー単価は分母が無限である以上、限りなく0に近くならざるを得ない。そんなものを誰が研究開発するのか?また、そんなものができてしまうと産業界に困る人がたくさん出そうである。つまり現状の資本主義の枠組みの中ではフリーエネルギーは出てきてもらっては困るのである。

さらに、実際に今人類がフリーエネルギー手に入れたとしたらどうなるだろうか?いくらでもエネルギーが使えるわけであるからなるべく価値の高いものを分別なくいくらでも製造しようとするだろう。例えば海水中の金の精錬だとか、自然を大規模に破壊して高価な資源を取り出すことに全力を挙げるだろう。その結末が人類にとって無残なものとなるのは火を見るより明らかだ。

つまり人類がフリーエネルギーを手に入れるためには、テクノロジーの進歩以前に社会的な意味で、以下の点で変わらなければならないだろう。
  • 現状の経済のしくみ・・資本主義とお金のあり方を改める。
  • 競争原理と他者に対する好戦的な態度を改める。
という2つの要件をクリアする必要があるだろう。最近の資本主義の動揺は、人類がより良く生きるシステムを構築するために必然的に起きた試練なのかもしれない。

2010年6月23日水曜日

米国特許 第7,777,777号は誰の手に?

当ブログ以外で誰も注目していないと思われるが、おそらく今年年末に米国特許は記念すべき第7,777,777号に到達する。ちなみに第7,000,000号は2006年にDu Pontが取得している。ユーモアのわかる米国企業らしくHonme Page上で話題にしている。当時のUSPTOの公式Press Releaseには、それまでの節目の特許の内容を紹介している。



Patent Assigned to DuPont for Novel Fibers
WASHINGTON, D.C. – The Department of Commerce’s United States Patent and Trademark Office (USPTO) today issued patent No. 7 million to DuPont senior researcher John P. O’Brien for “polysaccharide fibers” and a process for their production. The fibers have cotton-like properties, are biodegradable and are useful in textile applications.

It took 75 years to get from patent No.1 to patent 1 million. It has taken less than one tenth of that time to go from 6 million to 7 million patents. 

  • Patent No. 1 million was issued on August 8, 1911, for a tubeless vehicle tire.

  • Twenty-four years later, on April 30, 1935, patent No. 2 million issued for a vehicle wheel to increase the safety and longevity of pneumatic tires.

  • Patent No. 3 million issued 26 years later on September 12, 1961, to an inventor at the General Electric Co., for an automated system that translated letters, numbers and symbols to data processing code.

  • Patent No. 4 million issued 15 years later on December 28, 1976 for a process for recycling asphalt aggregate compositions.

  • Fifteen years later, on March 19, 1991, Patent No. 5 million issued to a University of Florida inventor, for a more efficient way to produce fuel ethanol.

  • Only eight years later, patent No. 6 million issued on December 7, 1999, to 3Com Corporation’s Palm Computing for its HotSync® technology.

  • And now just a little more than six years later, patent No. 7 million issues.

  • Patent No. 1 was issued in 1836. Earlier patents were not numbered, although the first U.S. patent was issued in 1790. Approximately 10,000 patents were issued between 1790 and 1836. The USPTO issued 151,079 utility patents in fiscal year 2005. 

    どれも時代を色濃く反映した特許ばかりである。当ブログの計算によると、現在一日460件の特許が登録されており、このペースで行くと今年2010年10月27日あたりに米国特許始まって以来のラッキーナンバー7,777,777に到達する。

    さて、どのような特許がこの幸運を得るのであろうか、当ブログの大胆予想ではgoogle社のエネルギーの利用に関するものと予想しておく。これほどのラッキーナンバーであるから、この特許が人類の幸運な未来を切り開いていくものと期待したい。

    2010年6月19日土曜日

    知られざるブラックホール・テクノロジー

    LHC(大型ハドロン衝突型加速器)が稼働しているが、当初ブラックホールが生成してしまうのではないかという話題があった。ついに人類はブラックホールを作り出すことができるのであろうか?

    地球が吸い込まれる?・・・心配ない。ブラックホールといえども、質量が同じなら発生する引力は通常の物質と同じである。ホコリほどの質量のブラックホールを作り出すことが出来たとしても(おそらく、それでも十分に不可能なほど大きいと思われるが)発生する質量はホコリと同一である。ホコリを吸い込んだことがある人は多いと思うが、ホコリの引力に吸い込まれていった人はいないと思われる。

    それはさておき、今回は人類がいつの日かブラックホールを自由に使いこなせるようになった時のためにその有意義な利用法について考察してみる。

    以下のような利用法が考えられている(参考文献1.)。

    1.ブラックホールゴミ箱
    これほど実現性がなさそうな割に大したことはない利用法もないのだが、何でも底なしに吸い込んでしまうという特性を利用したものである。ひょっとしたら放射性廃棄物のような処理しきれないものを処理するには便利かもしれないが、リサイクルができなくなるという難点がある。
    しかし、ブラックホールがあまりにも小さいと、吸い込む速度が非常にゆっくりになってしまう。ブラックホールは底なしではあるが、入口の大きさは有限である。ゴミ箱として有効な物を作るには相当な質量のものを作る必要がある。よって、リビングの片隅に便利なアイテムとして登場するのは期待しない方がいいだろう。

    2.ブラックホール灯
    ブラックホールに物質を落とすと、吸い込みきれない物質はエネルギーとして吐き出される。その際、ブラックホール周辺の物質が光り輝く。ただし、ガンマ線などを放射されても、明るくならない上に健康にも良くないと思われる。リビングに使うランプとしては、今のところ電球型蛍光灯が良さそうだ。

    3.ブラックホールエンジン
    これはかなり実用性が高そうだ。ブラックホールから出るジェットを推進力として使うアイディアである。しかも一度建造してしまえば、心臓部のブラックホールのメンテナンスは必要ない。それどころか、人類が滅亡してもなおジェットを吹き続けそうである。ただし、危険極まりないブラックホールをどのように保持するか、高速で吹き出すジェットをどのように制御するか、この辺がこの技術の肝になりそうだ。「風の谷のナウシカ」に出てくる滅亡した過去の高度な文明が使用していたエンジンはこのような物なのかもしれない。

    4.ブラックホール発電所
    これはなかなか技術の規模とニーズの大きさのバランスがとれたアイディアである。こちらも建造してしまえばいくらでもエネルギーを取り出せそうだ。厳密には「フリーエネルギー」ではないが実質的にそう考えても良いかもしれない。参考文献1.の福江純氏によると
    4000万トン級のブラックホール発電所が、出力2300憶Wと見積もられている。ただし、3兆度もの温度になるようだが・・・。

    5.ブラックホールウエポン
    ブラックホールの潮汐力を利用した武器である。しかし、当ブログではこれはあまり実現性が無いのではと考えている(これまで紹介したものすべて実現性はなさそうだが)。理由は人類が今のように好戦的であり続ける限り、テクノロジーの進歩は人類の生存を脅かす方向にしか使われないと思われるからである。つまり、ブラックホールウェポンが製造されるような高度なテクノロジーを手に入れることが出来る前に、人類は自らの手で滅亡してしまうだろう。よって、ブラックホールウェポンは決して製造されることはないだろう。

    当ブログのイチオシのアイテムは何か・・・個人的には1.のブラックホールゴミ箱である。
    実現に必要な技術の高度さと、使おうとするニーズの低レベルさのアンバランスが素敵である。

    参考文献
    1.ブラックホール宇宙  福江 純  サイエンス・アイ新書

    2010年6月12日土曜日

    LED電球の知られざる真実

    今回は今注目のLED電球について知られざる一面について考えてみたい。


    ずばり、LED電球は買いか?・・・結論から言うとNOである。
    技術的にはまだ未完成であるというのが当ブログの結論である。


    LED技術の最新の技術動向をバイアスなしに調べる方法があれば、そこにLEDの課題が見えてくるはずだ。
    世の中の記事というものは多かれ少なかれバイアスが入っている。メーカー発表の資料は本当の問題を決して語りはしないし、何らかのメディアもスポンサーの関係を無視した記事を書きにくいからだ。


    しかし、最新の技術動向は企業によって厳重に機密保持されているかといえば、むしろ逆で、積極的に公開されている。それは、特許という制度があるためである。
    通常の研究開発はこのような順番で進められる。
    1. 研究開発(アイディア)
    2. 特許出願
    3. 商品開発
    4. 論文発表
    5. 商品化
    つまりアイディアが出た時点で我先にと特許出願をしてしまう。さもなければ競争相手が同じアイディアを出願してしまうかもしれないからである。
    そして、出願から1年半後に公開される(日本の場合)。
    よって、最先端の研究成果のわずか1年半後には世界中の人に向けて公開される。よほど単純な技術でない限り、この時点(1年半後)ではまだ商品化されていない。
    つまり、私たちは誰でも、これから商品化されるかもしれない最新の研究成果を見ることが出来る。


    話は戻るがLED電球についてこのような特許が出願されている。
    この特許は LED電球について非常にわかりやすく説明してくれている。
    特開2007-5549
    【技術分野】
    【0001】
    本発明は、白色発光LEDランプに関する。
    【背景技術】
    【0002】
    現在、白色を発光させられる白色発光LEDランプには主に三種類ある。一つ目は、青色LEDを、青色励起で黄色光を発光する黄色発光蛍光体を含む透明樹脂で覆ったもの(特許文献1参照)、又は、青色LEDを、青色励起で緑色光を発光する緑色発光蛍光体と青色励起で赤色光を発光する赤色発光蛍光体を含む透明樹脂で覆ったランプパッケージであり、青色LEDからの青色光とこれにより励起した黄色発光蛍光体からの黄色光とを混合、あるいは青色LEDからの青色光とこれにより励起した、緑色発光蛍光体からの緑色光および赤色発光蛍光体からの赤色光とを混合することにより、白色光とするものがある。
    【0003】
    二つ目は、紫外線LEDを、紫外線励起で青色光を発光する青色発光蛍光体と紫外線励起で緑色光を発光する緑色発光蛍光体と紫外線励起で赤色光を発光する赤色発光蛍光体とを含む透明樹脂で覆ったランプパッケージであり、青色LEDからの紫外線で励起した、青色発光蛍光体からの青色光、緑色発光蛍光体からの緑色光および赤色発光蛍光体からの赤色光を混合することにより、白色光を得るものである(特許文献2参照)。
    【0004】
    三つ目は、パッケージ内に青、赤、緑それぞれに対応する3つのLEDチップを搭載して樹脂封止したランプであり、各色のLEDを同時発光させ、混色し白色とするものがある(特許文献2参照)。
    【特許文献1】特開2004−55772号公報(図8)
    【特許文献2】特開2001−111114号公報
    簡単にまとめると
    白色を発光させられる白色発光LEDランプには主に三種類ある。
    1. 青色LED+蛍光体
    2. 紫外LED+蛍光体
    3. 3色LED
    そして、課題としてはこのように書いてある。
    【発明が解決しようとする課題】
    【0005】
    しかし、上述した3タイプの白色発光LEDランプのうち、赤色発光蛍光体を使用するものに関しては、現在、赤色を発光する蛍光体で青色や紫外線を赤色に変換する変換効率の高いものが実用化されていない為、照明として使用した場合、赤色の色再現が不十分である。また、青色LEDの発光と黄色発光蛍光体の発光とによって白色を作り出しているものでも、赤色成分がほとんど含まれていないため、照明に適用する場合に赤色の再現が非常に低い。
    【0006】
    さらに、青、赤、緑の3色のLEDチップを使用する場合は、各色のLEDが優れた単色性ピークを有するために、色むらが生じやすいという問題があるとともに、3つのLEDそれぞれに電源回路が必要になるのでコストが高くなるといった問題もある。
    つまり、照明用として使うには色の再現性が低いと言うことである。現在は1の青色+蛍光体のLEDが主流である。この方式は赤の再現性が低い。赤色の再現性と言うのは人間にとって非常に重要であると考える。女性が口紅を塗るのは赤色の印象が特に際立っているからだと考えられる。よって、照明という用途を考えたとき、非常に重要なポイントをクリアしていないというのが当ブログの結論である。


    ちなみに上記の特許は2005年出願であるからすでに技術が進歩して解決した可能性がある。
    そこで違う特許を調べてみた。
    特開2010-092993 
    光源としてLEDを用いた照明装置においては、青色LED、緑色LED及び赤色LEDの3種類の異なる発光色のLEDを用い、これらのLED夫々の発光強度を制御することにより、電球色~昼光色の範囲に亘って照明光の色温度を自在に変化させることが可能となる。図11は、照明光の色温度が5000Kになるように青色LED、緑色LED及び赤色LEDを点灯したときの分光分布を示す図である。なお、図11の横軸は波長(nm)を、縦軸は相対強度を夫々示している。図11に示すように、これら3種類のLEDからの光の重ね合せにより得られる照明光には、580nm近傍の波長領域のスペクトルが殆ど存在しない。これは、青色LED、緑色LED及び赤色LEDが、優れた単色性を有している、即ち発光スペクトルの半値幅が白熱電球又は蛍光灯と比較して狭いためである。この結果、黄色~橙色の物を正しい色で見ることができず、演色性が良くないという問題がある。なお、演色性は、色の見え方に及ぼす光源の性質であり、演色性が良いほど、物の色が自然な感じに見えることになる。
    従来の技術例のスペクトル分布
    本来は連続したなだらかなカーブになるのが理想である。
    これでは物の色が正確に見えるとは思えない。
    この発明の実施例によるスペクトル分布
    上の例よりかなりよくなっているが、
    非常にピーキーな山が残っている。


    つまり、2010年に公開されたこの特許でも、演色性・・・色の見え方の問題は解決されていないようである。しかもこの特許の方式は3色混合法式である。これは先述の特許ではコストが高くなると書いてある。お金をかけてこの現状でLED電球にどのようなメリットを見いだせるのであろうか?・・・電球型蛍光灯に対して明らかに勝っているのは、

    • 寿命
    • レスポンス

    くらいと思われる。トイレ用?私なら白熱電球を使う。

    2010年6月10日木曜日

    先物規制と経済のゆくえ

     リーマン・ショック以来、下げ相場になると断続的に先物規制が入っている。今回のギリシャ危機でもドイツで空売り規制が実施された。さらに全上場株式の空売り規制を検討まで考えているようだが、果たして効果があるのだろうか? 

    私の個人的な意見としては、効果は疑わしいと考える。
    「空売り」とは価格が下がった時でも損失を被らないようにするリスク・ヘッジの機能であるはずである。これは先物という仕組みが無ければ通常実現できないと思われる。自動車にアクセルとブレーキがあるように、市場にも下り坂になったときに安全に止まることのできるブレーキの機能が必要だと考えるのは自然なことである。より正確には回生ブレーキかもしれないが。

    また、価格が下がったというある種の不幸に乗じて金儲けをするのはけしからん。という意見も感情的にはわからなくも無い。しかし下がる要因を規制したからと言って、物事はそう思い通りに進むのだろうか?車の例えが続いて恐縮だが、車のスピードを出して欲しいからと言って、(実際にそのような状況は安全運転のの観点からよろしく無いが)車のブレーキを効かなくする、または効きにくくするとあなたは仕方なくアクセルを踏むだろうか?
    しかも状況は先が見えないブラインド・コーナーである。先が上りだと信じてアクセルを踏んでくれるだろうか? 私なら、車から飛び降りるまではしないにしても、止まるまでアクセルを踏むことはしない。止まったら最後、そのような車には乗りたくない。

    市場が今後どのような動きを見せるかは興味深いが、事はそれほど単純には行かないだろう。 

    2010年6月7日月曜日

    地球温暖化の誰も指摘しない最悪のシナリオ

    地球温暖化に関して、いろいろ議論されているが、一つ可能性として、重要なことを誰も指摘していないような気がする。

    昨年太陽活動が百年ぶりの活動極小期かというニュースが話題になった。このことは経済活動とも関連があるとの説があり、大変興味深いが、このことで「温暖化懐疑論」がやや勢いをましてきたように思われる。
    しかしこれは変である。なぜなら太陽活動が極小の時は過去には寒冷な気候となっている。現実は暖かくなっているのだからやはり太陽活動では説明できないのではないか?
    この辺はさておき、温暖化の人間活動主因説と太陽活動主因説が対立の構図を見せており、人間活動主因説は温暖化肯定論を、太陽活動主因説は温暖化懐疑論を唱える傾向があるようである。

    しかし純粋な可能性として「どちらも正しい」ということはないだろうか?
    つまり人間活動と太陽活動も同じくらい「主因」でありその2つが綱引きををして、たまたま人間活動がほんのわずかだけ上回り、現在の気候変動を生んでいる・・・・少なくともこの説では太陽活動が極小になっていることの矛盾はない。

    ここで私が恐れるのはその綱引きの度合である。子供同士の綱引きであれば、どちらかが手を緩めてもたいしたことにはならない。これが、横綱同士の綱引きだったとしたら、片方が手を緩めると、とんでもない力で綱は引かれることになる。つまり、人間活動がそのままで太陽活動の低下が収束したら、とてつもない勢いで温暖化が進むのではないか?さらに言えば、太陽活動が逆に活発化したら・・・? 

    こう考えると人間活動主因説など楽観的なシナリオの一つであり、想定されるリスクを過小評価している可能性がある。人がリスクに備えるとき、「最悪のシナリオ」まで想定し、備えるからこそ楽観的に行動出来るのではないか? あなたが自動車保険に入るとき、対人補償額が1000万円と、無制限ではどちらが安心して車を運転できるだろうか?

    もっとも、無制限に温暖化を食い止める方法を考えるのは容易ではないが・・・。

    レオナルド・ダ・ヴィンチ的発想法

    レオナルド・ダ・ヴィンチはなぜ、今から500年以上も前、数々の発見や発明を成し遂げることが出来たのだろうか。今回はレオナルド・ダ・ヴィンチの発想法について考察してみたい。


    レオナルドのアイディアを記した手記が残されている。レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿と呼ばれるものである。

    レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿(レオナルド・ダ・ヴィンチしゅこう)は、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci, 1452年 4月15日 - 1519年 5月2日)が、約40年間にわたり書き綴ったノートのこと。書き残した全手稿のうち約3分の2が失われ、現存するのは約5000ページと言われている。 ―wikiediaより引用

    しかし彼の仮説であるアイディアスケッチはほとんど実現しなかった。それらのエンジニアリングデザインが原理的に間違っていたのではなく、発明に対する最初のアイディアスケッチであった上に、レオナルド自身の多くの発明は、実現のための技術的可能性が何世紀も早すぎたのであった。 
    美的設計方法論 高梨 隆雄 ダヴィッド社より引用

    この文を見てはっとさせられるのは私だけではないと思う。アイディアの実現のための可能性を証明できなければ、通常はそのブロジェクトは凍結である。今で言えば「仕分け」されてしまうのである。
    しかし、この章のもっとも重要なのは、設計(デザイン)のワークフローについてである。通常は、

    1. 現製品(具体)
    2. 設計与条件・・・要求スペックなど(抽象) 
    3. 設計条件・・・製造条件など(抽象)
    4. 設計解・・・設計図(具体)
    5. 新製品(具体)

    というワークフローで新製品の開発は行われる。しかし、レオナルドは設計与条件から厳密には製造条件などを考慮しない設計解を出してしまう。これがレオナルド手稿に当たる。これはおそらく「ひらめき」によるもので、設計与条件は満たしているがそれ以上に未知な要素を含み、新しい魅力や発明的要素がここに入ってくるものと思われる。だからこそ、実用化の500年も前にアイディアを出すことが出来たのである。
    しかし、当然のことながら、その時点の製造条件を加味してしまうと通常は「ボツ」となってしまう。これこそが現代の閉塞感を生んでいる原因ではなかろうか。

    複雑高度化した現代の商品開発の現場ではワークフローの管理はプロジェクトリーダーの頭の中では不可能で、ソフトウェアなどのツールを使って管理されている。もはや人間を管理するのはコンピュータなどの機械になってしまっている。チャップリンの「モダン・タイムズ」そのものである。 レオナルドは天才であったには違いないが、我々普通の人間であっても、本来高い創造性を備えており、それを潰しているのはこのような現代の仕組みにあるのではないだろうか。


    参考文献
    美的設計方法論 高梨 隆雄 ダヴィッド社

    2010年6月5日土曜日

    悪魔の日程管理法

    完璧に日程をこなす秘密の手法がある。

    実際以前この手法で数年間プロジェクトを進めていた。
    常に完璧に予定をこなすことができ、遅れた試しがなく、
    いつも余裕で、残業も皆無。
    完璧な手法である。

    その手法とは・・・・
    例えば、週報で1週間ので業務を管理している場合、
    今週の予定に先週の実績を書く。
    先週の実績としては先々週の実績を書けば良い。

    今週の予定はすでに終わった事なので、完璧に実行できる(すでに実行している)。
    それでは今週はなにをすればよいか?
    ・・来週の予定となるべきことに手をつけ始めれば良い。
    これは本当の意味で予定なので上手くいかないこともあるし、
    やってみて期待はずれのこともあるので、なるべく多く手を付ける必要がある。

    なんだかずるいようであるが、実態は物事が1週間前倒しされているだけなので通常実害はないはず。
    なにより物事が予定通りに進まないことの言い訳やフォローをしなくていよい。
    この言い訳やフォローに通常多大な労力がかかるため、結果として非常に効率がよくなる。

    ただし、すでにお分かりとは思うがこの手法が使える条件がある。
    ある程度仕事を任されていて、細かく管理されていない場合である。
    また、チームで仕事をする場合はチーム全体でこの手法を使う必要がある。チームメンバーのなかにはこのやり方が気にくわない人間もいるかも知れないので、通常は使えない。

    かくいう私も会社が非常に管理過剰になってきて、この手法が使えなくなった。
    現在は日々日程に追われ、言い訳の毎日・・・・・・。

    2010年6月4日金曜日

    PDCAが回らない

    以前会社で講習を受けたとき、目から鱗だったので書いておく。PDCAというTQMでよく出てくる手法(?)。
    きっと日本中の会社でQC活動などで使われているはず。でも、多くがうまく行っていないらしい。その原因というのは・・・

    目標 算数のテスト高得点取得

    • P-plan・・・毎日算数ドリルを10分間勉強する。
    • D-do・・・毎日算数ドリルを10分間実行。
    • C-check・・・算数ドリルの何を間違えたか確認。主に割り算が苦手であると判明。
    • A-action・・・割り算を毎日10分間練習する。

    これではPDCAは回りません。。とのこと。

    間違いはC-checkで Planの効果を確認するということ。具体的には算数ドリル10分間の時間の勉強で算数のテストが高得点とれたかということを確認するのです。とれていなければ、Planをより効果が上がりそうな物に変更する。取れていれば効果のあるプランなので仕組みとして定着させる。ということ。
    上の例ではこの部分ができなくなっている。確かに思い起こせば私も間違った例をやっていたような・・・

    2010年6月3日木曜日

    サボタージュ・マニュアル日本語版

    第二次世界大戦中の1944年に米国のOSS(戦略諜報局)が作成した「サボタージュ・マニュアル」が存在し、現在公開されている。原文はamazonの洋書コーナーで買うこともできる。アメリカと言うのはとても面白い国だ。

    さて、このマニュアルは何のために作られたか。それは、敵地で仕事の進みを遅らせるように人々をトレーニングするためらしい。つまりこのマニュアルにあるようなことをなるべく避けていれば、仕事の進みが早くなるはず。「組織と会議」の部分はいろんなところに日本語訳紹介されているが、私が気になったのはこの部分。誰も訳してくれないのでここに。

    マネージャーとスーパーバイザ

    1. 常に文書による指示を要求せよ。
    2. 誤解を招きやすい指示を出せ。意思統一のために長時間議論せよ。さらに、出来る限り不備を指摘せよ。
    3. 準備を十分行い、完全に準備ができているまで実行に移すな。
    4. 在庫がなくなるまで、注文をさせるな。
    5. 高性能の道具を要求せよ。道具が悪ければ良い結果が得られないと警告せよ。
    6. 常に些細な仕事からとりかかれ。重要な仕事は後回しにせよ。
    7. 些細なことにも高い完成度を要求せよ。わずかな間違いも繰り返し修正させ、小さな間違いも見つけ出せ。
    8. 材料が適切な場所に送られない工程とせよ。
    9. 新人を訓練する際は、不完全でいい加減な指示を与えよ。
    10. 能力に見合わない不釣合な昇進を行い、有能な者は冷遇せよ。
    11. 重要な決定を行う際には会議を開け。
    12. もっともらしく、ペーパーワークを増大させよ。
    13. 通達書類の発行や支払いなどに関係する決済手続きを多重化せよ。すべての決裁者が承認するまで、仕事を進めるな。
    14. すべての規則を隅々まで厳格に適用せよ。

    あまりに自分の組織に当てはまるので、諜報部員の存在を疑うほどだ。

    参考文献
    The Simple Sabotage Manual: Timeless Managerial Wisdom from the Intelligence Community

    はじめに

    20世紀は発見の時代だった。
    科学技術や政治や経済システム・・難問は次々と解決され、
    人類は明るい未来に向けて歩んでいるはずであった。

    しかし、新しい千年紀―2000年代を迎え、
    政治は混迷を極め、経済システムは動揺し、
    疫病は蔓延し、ひどい犯罪は後を絶たない。


    我々は一体どこへ向かっているのだろうか?
    20世紀に見落としてきたものがあるのではないか?

    そんな undiscovery な話題を中心にお届けする。